最近、3Dプリンターは、製造領域に革命を与えるツールとして脚光を浴びています。(クリス・アンダーソン「MAKERS―21世紀の産業革命が始まる」参照)。確かに、3Dプリンターが家庭に普及し、各個人が自身で作成した図面からモノを製造できる仕組が出来れば、消費行動や生活が大きく変化することが予測されます。オバマ大統領も、一般教書演説において、3Dプリンターとその活用による産業の活性化について言及し、3Dプリンター技術の研究機関の設立を発表する等、産業政策としても注目されています。
この3Dプリンターに関して、今週のThe Economistに、中国における3Dプリンターに関する記事が掲載されていました。その概要を紹介した上で、中国における3Dプリンターの今後について考えたいと思います。
まず、中国における3Dプリンターとして本記事で紹介されているのは、北京隆源自動成型系統有限公司という企業です。この企業は、飛行機や自動車メーカーの部品のプロトタイプを3Dプリンターにより製造する企業です。この企業のジェネラル・マネージャーによれば、自動車エンジンのプロトタイプの場合、従来なら数ヵ月かかるところ、3Dプリンターを使うことにより、2週間以内で製作することが出来る、とのことです。
次に紹介されているのは、北京航空航天大学の研究所が保有する、12m規模の巨大な3Dプリンターです。中国航空機開発プログラムにおいて、大きく複雑な部品を製造するために、3Dプリンターが活用されると説明されています。そして、その3Dプリンターは、レーザーによって融解した金属を再結晶化させるという機能を有しているとのことです。
中国において、3Dプリンター領域で最も大きな企業が北京太尔時代科技有限公司です。この企業は、ABS樹脂等からモノを作る3Dプリンターを製造しています。この企業の3Dプリンターは、一般的には、製品のプロトタイプを作るのに使われているとのことです。
しかしながら、北京太尔時代科技有限公司で注目すべきなのは、UP!という3Dプリンターでしょう。これは、価格が6000元(約9万円)のパーソナル3Dプリンターと言える製品です。「各個人が、自分で作成した図面からモノを製造する」というメーカー・ムーブメントと非常に親和性が高いのは、この廉価で小型の3Dプリンターでしょう。The Economistは、この製品を紹介する中で、「中国でもメーカー・ムーブメントが始まりつつある」としています。メーカー・フェア―がいくつかの大きな都市で開催され、この動きに対して政府関係者も歓迎し、学校教育に導入すべきと主張する政府関係者もいるようです。
では、中国において、この3Dプリンターは、今後どのように展開すると考えられるのでしょうか? 中国の製造業の開発手法の視点から考えたいと思います。
中国の製造業企業の開発手法は、水平分業を徹底して押し進め、その中で不特定多数の企業がバリューチェーンの各機能を担うものとなっています。この開発手法は、「垂直分裂」と言われることもあります。(丸川知雄「現代中国の産業―勃興する中国企業の強さと脆さ」参照)。
この垂直分裂の開発手法と3Dプリンターは非常に親和性があると考えます。なぜならば、垂直分裂では、部品間の接合性よりも、多品種な部品を低コストで早く開発することが要求されますが、3Dプリンターを活用した効率的なプロトタイプ製作は、この要求を満たしやすいと考えられるからです。上記の例においても、プロトタイプ作りに積極的に3Dプリンターが活用されているのは、この現れではないでしょうか?
もし、「必要は発明の母」の観点から、垂直分裂の中で効率的な開発を進めるために、3Dプリンターを中国企業が積極的に活用するならば、中国で3Dプリンターが急速に普及するかもしれません。そして、それは日本企業が得意とする垂直統合とは異なり、水平分業を一歩進めた新しい生産方式になるでしょう。また、これは3Dプリンター技術の発展を促し、消費者もその恩恵を被る可能性もあります。それは、中国でメーカー・ムーブメントが加速することを意味します。中国の3Dプリンター事情に注目する必要性は高そうです。