最近、アメリカのIT企業が経済学者と契約するケースが増えています。その代表例が、Googleのチーフ・エコノミストであるハル・ヴァリアン教授です。彼は、ミシガン大学やカリフォルニア大学バークレー校等の全米トップクラスで教鞭を取った経験があるのみではなく、ミクロ経済学の代表的な教科書の著者としても著名です。他にもGoogleからMicrosoftに移籍したゲーム理論の大家プレストン・マカフィー教授や、Amazonのチーフ・エコノミストをしているオークション理論で著名なパトリック・バジャリ教授等が著名です。

では、なぜアメリカのIT企業が経済学者と契約しているのでしょうか? その理由は大きく分けて二点あると考えます。

第一に、最先端の経済学の理論は、IT企業が必要とするサービスの要素技術になり得るからです。例えば、日経ビジネスに掲載されたハル・ヴァリアン教授のインタビューによれば、ヴァリアン教授が首藤氏、広告オークションの設計にオークション理論を取り入れ、AdWordsの設計を行ったそうです。この記事でヴァリアン教授にインタビューをしている安田助教授によれば、「一番高い価格を付けた人が落札者になる点は変えずに、落札価格は2番目に高い値を付けた人の入札額とする」一般化第二価格オークションという考え方を使うことにより、検索広告の収益が増加したようです。このオークション理論のみではなく、マッチング理論の考え方を取り入れれば、例えば出会い系サイトやソーシャル系サービス等でユーザー同士をマッチングさせる新たなサービスが作れるかもしれませんし、マーケット・デザインの考え方を前提とすることにより、新たなマーケットプレイスが作れるかもしれません。

第二に、最先端の経済学者はIT業界が必要とする統計のエキスパートであるという点です。最先端の研究では、経済学者は統計理論を活用し、事象をモデル化することが要求されます。結果、経済学者は統計によるデータ処理のエキスパートとなっています。一方でIT業界も、データを活用するためのは統計処理が不可欠です。そしてビッグデータの時代になるほど、高度な統計処理が要求されます。結果、ITサービスの開発やグロースに必要なデータ処理やそのモデル化に、統計学者の知見が活かされているのです。

上記ハル・ヴァリアン教授のインタビューによれば、Googleは300人以上の経済学者を雇用し、年間1万件の実験をしているようです。しかしながら、日本の現状を見ますと、経済学者がIT産業に雇用されているという話を殆ど聞いたことがありませんし、そもそもオークション理論やマーケット・デザイン等の最先端の経済学に精通した研究者が少ないと思います。確かに、一見、経済学とIT産業は結びつきませんし、直ちに製品化は困難なのかもしれません。しかしながら、長期的に見れば、こういった要素技術に対する取組の差異が、将来的な日米のIT企業の競争力の差異につながる、ということは無いでしょうか? 日本のIT業界も、将来の可能性を探る意味で、経済学とのコラボレーションを積極的に進める必要があると思います。